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ふるさと便り(寄稿欄)

  高砂支部会員が居住している地域社会での会員に関わる出来事や、ふるさとの名所・旧跡、歴史等を会員の寄稿により紹介するコーナーです。
  応募先は、鐘華会の機関誌「鐘華ニュース」の最終ページに記載されている、高砂支部の鐘華編集委員のメールアドレス、 若しくは、このHP管理者に、ワードで記載し、写真は拡張子.jpeg にて寄稿して下さい。

寄稿日:平成29年7月14日(金) 文責:宮本和夫 荒井神社の「輪抜け祭」について

(下記写真はクリックしますと拡大写真を見ることができます。
また、拡大写真をクリックしますと元の写真に戻ります)

  「輪抜け祭」とは、半年の罪の汚れを人形(ヒトガタ)を模した雛形に託して祓いさるもので、拝殿前に設けられた真菰で作った輪を左右左と三回通り抜けて 拝殿前の三方にこの人形を乗せ無病息災を祈願する神事です。
  高砂地区の周辺で、この「輪抜け祭」を行っている神社は私の知る範囲では、姫路市の大蔵神社が6月18日、廣峯神社と播磨国総社、加古川市の日岡神社が6月30日に、 高砂市の神社では荒井神社が6月28日と29日の両日に高砂神社と曽根天満宮は6月30日に行っています。

  「こんばんは。たった今、荒井神社の輪抜け祭へ行って帰ってきたところです。湯立て神事の湯を浴び、無病息災を祈ってきました。」 これは、6月28日の夜に8名の鐘華会のメル友仲間に送信した冒頭の文面です。

  早速、Aさんからは、河内平野では輪抜け神事を経験したことがありませんでした。やっているところもあるのでしょうが、私の育った河内の山の手では見たことがありません。

  またBさん夫人より「荒井神社も輪抜け祭があるのですね。以前八坂神社で準備しているところでしたが、見たことがあります。」との返信。

  Cさんからは、鹿島に転勤して、鹿島神宮や香取神宮で初めてみました。ちょっと由緒のある神社でしか見られないのですかね。H25年当時の写真を引っ張り出しました。 鹿島は私の第三の故郷です、何かにつけ思い出します。また、行きたくなりました

  幼少の頃、地元高砂で育ったDさんからは、播磨界隈では姫路の播磨国総社での輪抜け祭が有名ですが、高砂神社でも昔から“輪抜けさん”として神事が続けられています。 播磨一円の主だった神社での神事となっているようです。小学生の頃は母親から輪抜けさんに行って疫厄払い行かないと“ぎおんさん”(7/7~7/13)に行かれへんでと言われたものでした。 小さき頃は神社に纏わる神事ごとが結構な楽しみになっていました。高砂神社では初詣、輪抜けさん、祇園さん、秋祭り等の境内には多くの夜店が所狭しと立ち並び、 石畳の通路にはいつも溢れんばかりの人出がありましたね。

   ・・・との返信を受け、ここで、現在、筆者が住む町、高砂市荒井町の荒井神社の「輪抜け祭」と「湯立て神事」を氏子としてどのような準備を行っているか その取り組み内容を鐘華会の皆さんに紹介させて頂くことに致しました。

  荒井神社の主神は大己貴神(だいこくさん)で相殿神は事代主神(えびっさん)で氏子の所帯数は概ね5000所帯で、 年間主要祭事としては、千両えびす祭り、大黒祭(春祭り:だいこくさん)、輪抜け祭・湯立て祭(夏まつり)、大例祭(秋祭り)等がある。 これらの催事は、荒井町にある16町を東西南北に区分して、それぞれを東組、西組、南組、北組と称して各組(4町/組)が毎年交代で、これらの催事の細部を分担する。 各町には、総代が1名、役員(名称:協議員)が2~4名任命されている。 ちなみに、筆者の住む町は東組に属し、東組4町の役員(総代4名と協議員が16名)計20名が中心となって祭事を遂行します。

1.事前準備(茅の輪を作る)

    事前準備として、池で真菰を採取してきて塩ビ製パイプ(毎年繰り返し使用)に真菰を巻き付けて茅の輪を
    造ります。

 1)池にて真菰の採取

      先ず、池に真菰を採取しにいくことから始めます。真菰(まこも)とは、イネ科の多年草。沼地に群生し、
    高さ約2メートル。葉は長くて幅広い。初秋、上方に雌花穂、下方に雄花穂を円錐状につける(大辞泉より)。
    真菰の採取は、今年の主担当が西組とすると、そのサブとして北組がついて、西と北組で採取に出かけます。
    来年は北組が主担当となって東組がサブとしてつきます。このように毎年順繰りに採取に出かけます。
    場所は高砂市のはずれにある阿弥陀町の池で、予め持ち主の了承を得て行います。



真菰が生えている池


池に入って採取


採取した真菰の選別

 2)茅の輪を作成

      2組が採取してきた真菰を神社境内にて、東西南北の4組で、
    塩ビ製パイプ(毎年繰り返し使用)に巻き付けて茅の輪を作成します。



輪の原型(塩ビパイプ)


塩ビパイプに真菰巻き付け


足元に荒縄巻き付け


出来上がった茅の輪を吊り下げ作業


準備完了!(準備万端整う)

2.輪抜け祭と湯立て神事

    荒井神社では、輪抜け祭は毎年6月28,29日の両日に行われる。湯立て祭は28日におこなわれる。

 1)由緒

     この祭りの起源は、昔、伊勢神宮の内宮に祀られている天照大神の弟のスサノウノミコト
    (武塔天神=須佐之命=素盏鳴尊とも書く)が旅の途中に宿を乞い世話になった。
     その後、何年か経って再びその家を訪れ、
    「茅の輪を作って、腰につけていれば疫病など流行りの病気にかからないですむ」ことを教えました。
     この茅の輪も時代と共に現代のように大きくなり、これをくぐって罪やけがれをお祓いするようになった。
     六月(ミナツキ)大祓とも、夏越(ナゴシ)の大祓祭と言って、知らず識らずおかした罪、けがれをおはらいして、
    身も心も清々しく、夏の悪病退散の神事として行なわれてきた。(荒井神社資料より)

 2)参拝のしかた(荒井神社資料より)

      荒井神社では、事前に荒井町の全戸に図のようなひな形を配布して、そのひな形の表に一家の家長より
    順次姓名と干支または年齢を書き、自分の身体を静かになで、息を大きく三回吹きかけて持参して
    真菰(まこも)で作った輪を必ず左右左と三回通り抜けて参拝するようなしきたりとなっている。
    (この雛形をお手本にして、清浄な紙でご家族の数だけ作ってもよい)



ひな形
①先ず、左足から輪をくぐり、左側にまわります。
②次に右足から輪をくぐり、右側に廻ります。
③また、左足から輪をくぐり、左側にまわります。
④最後に直進して、神様にお参りします。

 3)輪抜け祭当夜

      今年も、真菰をふんだんに使ったなかなか立派な「茅の輪」が造られていた。19:30頃に訪れたのだが、
    既に、狭い境内いっぱいに屋台が立ち、浴衣姿の子供達がたむろしていた。
    また、子供達や地元にゆかりのある方々のあんどんが奉納されて石畳の参道を明るく照らしていた。
    境内では、談笑する人、あんどんを鑑賞する人、茅の輪を作法にのっとり左右左と三回通り抜け
    無病息災を祈っている人、思い思いに蒸し暑い夏の一夜を楽しんでいた。



荒井神社表


本殿前の茅の輪


今年の茅の輪


あんどん


夜 店


参拝客


もず唱平氏


衆議院議員:渡海紀三郎氏


県会議員:山本敏信氏


琴奨菊


高砂市長:登幸夫氏


佐渡ケ嶽

 4)湯立祭

      播磨の史誌として有名な播磨鑑という書物に、当荒井神社の湯立神事の記述があり、
    江戸中期から盛んにおこなわれていたという。
      この神事は釜湯立、或は湯の花とも言い、熱湯を仕立て、小笹を以て湯の滴を全身に浴し、
    誠心誠意を神明に誓う意味から起こったもので、これより祓い浄めの祈願吉凶の予言、
    ことに夏の諸病追儺等の神事を行われてきました。
    神事は午後8時から行われる。また、湯立に用いた小笹を戴いて、
    門口につるしておけば夏中無病の魔除けとなるといわれている。(荒井神社資料より)
      夜もやや更けてきて8時になった。拝殿では、厳かに夏越の祓の神事が執り行われ、
    やがて、拝殿より白い衣装をきた巫女さんが降りてきて茅の輪の前に据えられているかまどの湯を汲み
    神殿にお供えした。その後、かまどのお湯を笹の葉に浸して参拝者の頭上に振りまき始めた。

熱湯を笹の葉に浸して周囲に湯摘を巻く巫女さん

     釜の湯が少なくなったころ、湯摘を振りまくのに用いていた笹の葉の小枝を戴くために、
    社務所の周囲に禰宜や巫女の出を待つ人垣ができた。
    筆者も順番を待って、笹を受け取って帰路についた。

湯立てに用いた笹を受け取るために集まった参拝客

      参拝者の中には湯滴を全身に浴びながら手を合わせて熱心のお祈りされていた人々がおられた。
    この敬虔にお祈りを捧げている姿に接し、しばし我を忘れ見とれていた。
      真菰の群生する池も近年、雑草が多く、まとまった量を確保するのが難しい年もあるそうで、
    曽根天満宮では権現ダム(加古川市平荘町)まで採取に出かけているとのこと。
      荒井神社では、茅の輪は、真菰の採取から、それを輪に巻き付ける準備作業のすべてを
    荒井町各地域の住民が協力しあって行っている。
    いわば、この祭りは地域に根差した私たちの祭りでもあり伝統を継承する重要な地域文化のひとつでもある。
      今、私たちの社会は繋がりの薄い社会になりつつあります。
    「血縁」(家族とのつながり)、地縁(故郷とのつながり)、社縁(会社とのつながり)と
    どれをとっても昔と比べて全てにおいて無縁に近い状況となってきております。
      盆踊りや、お祭り(種々の祭事)といった、地域に根差す神社や寺社の伝統ある行事は、大人から子供、
    老若男女を問わず簡単にコミュニケーションがはかれ、地域社会の人と人をつなぐ貴重な潤滑油であり、
    より繋がりの深い地域社会を形成していく上において欠くことのできない行事であるのでは?と思っている。
    このように伝統ある行事を営々と引き継いでこられた先輩諸氏に、また、現在、受け継がれて活動されている
    諸氏に敬意を払うと同時に、段々と寂れていくこれらの伝統ある行事を是非とも途絶えることなく
    次世代に継承していっていただきたいと、そんな思いを強く持った夏の一夜であった。

3.番外編

    6月30日に高砂神社と曽根神社の輪抜け祭に出かけてみた。高砂神社へは19:30頃に着いたが、
  夜店は一軒も出ておらず、参拝客もまばらで閑散としていた。
    輪抜け祭の茅の輪は、なかなか立派な輪であっただけに妙な寂しさを感じた。
  20:00から神事が始まるとのことであったが、それを待たずに、曽根神社へでかけた。
    ここは、参拝客も多く、神社の祭りらしく華やいだ喧騒の中に夜店があの広い境内にいっぱい出店され
  活気に満ち溢れていた。社務所には、前鐘華会高砂支部の副支部長の三浦さんが
  白作務衣、下着に紺袴といういで立ちで宮司と一緒に座っていたので話を伺った。
  彼の話によると、輪に巻く茅は、権現ダムまで採取にでかけているとのこと。
  また、茅の輪は、2~3名で造っているとのことであった。
    最後にメル友から送られてきた写真で、鹿島工場に勤めた方なら、
  一度は参拝に訪れたであろう鹿島神宮の輪抜け祭の写真を高砂の皆様に紹介して終わることにいたします。

 1)高砂神社(6/30)



19:40頃の高砂神社


本殿前の茅の輪


高砂神社の茅の輪

 2)曾根神社(6/30)



曾根神社


夜 店


本殿前の茅の輪


茅の輪をくぐる参拝者


本殿前

前鐘華会高砂副支部長
(社務所にて)

 3)鹿島神宮(H25年6/8にC氏撮影)



鹿島神宮の茅の輪


水郷あやめ祭り


神々しい鹿島の森