高砂支部ホームページ

 リンク先:(下記テーブルに示す箇所をクリックするとクリックしたエリアにリンクすることができます)

  高砂トップページ へ  1. 高砂支部だより (支部役員名簿や行事予定、その他連絡事項)
 2. 高砂支部同好会活動の内容 (活動予定及び直近の活動報告を記載)
世話人名簿 囲碁・将棋 ウオーキング グラウンド・ゴルフ
ゴルフ ハイキング カラオケ 文化展
 3. ネットワーク便り (各部門内での行事予定【職場OB会】等々の連絡及び実施事項等)
 4. 高砂文庫 (寄稿コーナー:近況報告、紀行文、エッセ-、詩、短歌、俳句、ノンフイクション等々)
 5. 故郷たより (ふるさと便り:会員が居住する地域社会での出来事や歴史等の紹介)
  

ふるさと便り(寄稿欄)

  高砂支部会員が居住している地域社会での会員に関わる出来事や、ふるさとの名所・旧跡、歴史等を会員の寄稿により紹介するコーナーです。
  応募先は、鐘華会の機関誌「鐘華ニュース」の最終ページに記載されている、高砂支部の鐘華編集委員のメールアドレス、 若しくは、このHP管理者に、ワードで記載し、写真は拡張子.jpeg にて寄稿して下さい。

寄稿日:平成30年11月26日(月) 文責:宮本和夫 行く秋を惜しんで
~加古川市の永昌禅寺のドウダンツツジと
         三木市の伽耶院の紅葉祭り~

(下記写真はクリックしますと拡大写真を見ることができます。
また、拡大写真をクリックしますと元の写真に戻ります)

  ついに、辛抱たまらず上下の下着をヒートテックに変えました。今夜から電気毛布も使用します。 友人より須磨寺の火祭りに行ってきましたと写真が送られてきました。火祭りと聞いただけであったかいものを感じます。 昔、よく近所の大人たちがしていた“とんど”が懐かしい。しかし、あの火中を素足で通りぬけるなんて、 おそらく邪気も吹っ飛ぶことでしょう。
  11/21日、鐘華会本社支部の同好会「日本人の心・視て歩き」に参加させて頂き 三菱重工の神戸造船所の中にある和田岬砲台から清盛ゆかりの史跡「兵庫津の道」 (和田神社⇒清盛塚⇒一遍上人の廟所⇒平清盛墓所⇒兵庫大仏等々)を歩いてきました。 道中カネカの中研の跡地や武藤記念館の跡地も立ち寄りましたが跡形もなくなっており 時代の変遷を感じずにはいられませんでした。

  11/19日は、鐘華会の二組の夫婦のそれぞれが丹波市の高源寺の紅葉狩りに行ったとのメールが届き、 また、同じ日に鐘華会高砂支部のハイキング同好会が三丹の三寺巡り(高源寺、円通寺、石龕寺)に 出かけたと聞いている。

  これらふたつの鐘華会の同好会については、いずれHPに掲載されるのでここでは触れず、 しめくくりに平成30年11月23日の神戸新聞の朝刊に紹介されていた 三木市の伽耶院の紅葉祭りに翌日の24日に出かけたので簡単に紹介させていただきます。

  新聞に掲載されたら、たちまち大勢の人が集まり駐車場は満車で待たされるし、 人でごった返しになる。まして23日は3連休の入り口だし、参道には車列ができてなかなか前に進まないであろうことを覚悟の上で、 近在では、今年最後の紅葉狩りの場所でもあることから目的地を近場でドーダンツツジで有名な加古川の永昌禅寺と 三木市の伽耶院の紅葉と2ケ所に絞って出かけてみました。

  永昌禅寺

  当寺は、加古川市神野町に在る臨済宗の禅寺で、 本堂には本尊として薬師如来像、左側に地蔵菩薩像、毘沙門天像、弁財天像を右側に聖観音像がお祀りされており500年以上の歴史を有している。 この寺には、数10年前に、同じく神戸新聞の紹介記事により訪れている。もう1週間早ければ真盛りの時期に巡り合えたかも知れない。 それでも、十分に見応えがあった。



永昌禅寺の正面(本堂)


永昌禅寺の裏庭より


永昌禅寺の裏山のドーダンツツジ


永昌禅寺の裏山の紅葉

  本堂の扉を開けて内部に入ると、住職がご本尊と対面して椅子に腰かけられており丁寧な挨拶を受けた。 ご家族の方も来客があるのか、いそがしく立ち回られていたが腰が低くて笑顔での挨拶が気持ち良い。
  堂内では、書画・パッチワーク・園児の折り紙に造花、・生け花等、種々雑多の手作りの作品が 所せましと展示されており参拝客の眼を楽しませていた。
  ご朱印については禅寺では、めずらしくやっていないとのことだった。 10:20頃、住職に礼を述べ永昌禅寺を後に、一路三木市の伽耶院へ向かった。

 伽耶院

  当寺は三木市志染町に在る645年飛鳥時代に法道仙人が開基したといわれている古寺で、 花山法皇が大乗経を五部奉納されたという由緒もあり、後西上皇より伽耶院の勅号を賜っている。 昔は数十の堂宇と百三十あまりの坊塔を持って栄えていたが、秀吉の三木城攻め及び1609年の大火によって全山消失した。 現在の諸堂はそれ以後の建立だが、この内、本堂、多宝塔、鎮守社の三棟が国の重要文化財となっている。 本尊は毘沙門天で愛染明王と共に祀られており、縁結び或いは学業や福徳を願っての参拝客も多い。 (伽耶院の案内板より)
  ここにも、数十年前に1度訪れているが、大きな銀杏の木と小さな多宝塔を微かに記憶に残っている程度である。
  一方、歴史ある修験寺院として、今も体育の日に近畿各地から山伏姿の修験者が二百余名も参集し、 近畿地区最大の規模を誇る採燈大護摩という行事が守り続けられているそうで、昨日、友人が行かれた須磨寺の火祭りと共に、 一度見てみたいと思っている。



伽耶院の仁王門


伽耶院の銀杏の木


山門


伽耶院の中門


伽耶院の本堂


伽耶院の多宝塔


伽耶院の本堂と多宝塔


伽耶院の開山堂


伽耶院の行者堂

 伽耶院の紅葉

  紅葉は残念ながら2週間ほど早かったのではないか?と思われた。参拝客の中に、昨年に比べたら相当、色付きが悪いとの話も聞こえてきた。 今年は何度かの台風に見舞われており、丹波地方の紅葉も塩害で相当の疲労が見受けられたことから、 どことも今一だったのかも知れない。

  11:05に伽耶院に通ずる農道に入ってから少し走ったところで渋滞して動かなくなった。 途中でUターンして引き返している車や左折して抜けていく車も多く見られた。 元々、渋滞は覚悟の上であったが頻尿というやっかいな症状を抱えているのが気がかりだった。 そこは男の強みでいざとなればどうにでもなるのでがんばることにした。
  帰路についた車が、すれ違うたびにノロノロと前進。伽耶院まで500mという立て札を通過して、 ふっと左側の50mほど先に臨時の20台ほどの駐車場が設けられてあったが既に満車であった。 左折車は、この臨時駐車場に向かったのかも知れない。
  そうこうしているうちに、伽耶院の駐車場に着いたのが11:40であった。境内は、たくさんの出店が立ち並び、 奉納和太鼓の集団が勇ましく太鼓の音を響かせていた。
  先ず、参拝を済ませ、ご朱印をいただいてから、昼食にと店先を覗いたが、食事やその代用になる食べ物は、全て売り切れていた。 ゆっくりと境内の紅葉を堪能して13:30に帰路についたが、渋滞状況は往路とあまり違わないようであった。 これから参拝する車列の横眼に、ゆっくりと行く秋を惜しみながら伽耶院に別れを告げた。