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寄稿日:平成26年8月14日(木) 寄稿者:宮本和夫

「京都貴船の川床料理と岩倉実相院・下鴨神社へ」

 残り2席のみとなっていたのをネットで予約を入れておいたバス・ツアーで京都の貴船に、8月5日に台風12号の余波を気にしながら川床料理を食べに出かけた。最後の申込みであった為に、バスの座席は最後部の隅で窮屈この上もなかった。 また、貴船の川沿いの道は狭く、行きかう車も場所により、片一方通行であったり、対面通行であっても、すれ違う時には、山裾の木々の小枝とバスの側面の天井がこすれる箇所もあったりしたが、それでも目的地に到着したのは、予定通り11:30であった。そこは、夏場は川の流れの上にしつらえられた板床の上で、せせらぎをまじかに聞きながら味わう風流な京料理を、冬場は座敷で暖かい牡丹鍋や湯豆腐を食べさせてくれる17軒もの店が狭い沿道に軒を並べていた。8月5日は、台風の影響もあって特に蒸し暑かったが、さすが名にし負うところだけに別天地のような涼しさと、量・質共に上品すぎた京会席を味わった。

(下記写真はクリックしますと拡大写真を見ることができます。
また、拡大写真をクリックしますと元の写真に戻ります)

川床料理店の玄関 我々が利用した川床 川床風景
川床風景 降雨時とか冬季は座敷で味わう 貴船川の川沿いの道
前菜 刺身 アユの塩焼き 天婦羅 ソーメン ごはん
 以前、あることで京都の神社や、お寺のご朱印を集めたご朱印帳を眼にする機会があって、その書に無言のパワーと壮大な宇宙を感じて、すっかり魅せられ、近々、私達も始めるべきアマゾンで神社用とお寺用のご朱印帳を2冊を購入しておいた。ご朱印帳には、西国三十三ケ寺とか、四国八十八か所といった専用のものもあるらしいが、どの宗旨に関わらず、ご朱印が頂けるところならランダムに頂いてこようと思っている。ちなみに、我が家の宗旨である浄土真宗では、このようなことは迷信とされており、真宗系の寺ではご朱印は頂けないことになっている。
 このバスツアーでは、川床料理以外に、貴船神社と岩倉実相院と世界遺産である下鴨神社への参拝もある。従って、我々夫婦にとって神社の記念すべき第1号のご朱印は貴船神社となり第2号は下鴨神社で、お寺の第1号のご朱印は岩倉実相院となった。価格?はいずれも300円であった。
【貴船神社】
 当地の貴船神社は、その分霊をお祀りしている分霊社が全国津々浦々に約二千五百社を数える貴船神社の総本社で御祭神は本宮が高オカミノ神で降雨、止雨をつかさどる神様である。結社は磐長姫命(イワナガヒメノミコト)で、縁結びの神様。平安時代の女流歌人・和泉式部が参詣し、心変りした夫との復縁祈願が成就したことから縁結びの神としても篤い信仰を集めている。
(貴船神社発行「気生根(キフネ)略記」より)
貴船神社鳥居と参道 貴船神社の本殿と神社のご朱印第1号
【実相院】
 実相院は元天台宗の単立寺院で、鎌倉時代に作られたと伝えられる木造立像の不動明王を本尊とする。住職を天皇家の血を引く方々が務められていた格式の高い寺院で、磨かれた板の間に春には緑のカエデの葉が映り込む「床緑」に、それが秋には真紅に染まった葉が映り込む「床紅葉」となることや、客殿内にある狩野派の襖絵が特に有名である。(室内は撮影禁止となっていた)
 また、昭和44年(1969年)発行500円札の肖像画の人物としてもお馴染み岩倉具視公が、この実相院に間借していた時期もあった。
 この岩倉の地に中岡慎太郎や坂本龍馬、大久保利通や木戸孝允等が密かに岩倉具視公と会って面談していたという往時を偲びながら参拝した。実相院のご朱印は、その場で記帳するのではなく予め書かれたものであった。
実相院門跡 実相院内の枯山水の庭 実相院のご朱印
【下鴨神社】
 下鴨神社は正式には「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」と呼び、西本殿には「賀茂建角身命(かもたけつぬのみこと)」、東本殿は「玉依媛命(たまよりひめのみこと)」をご祭神としており両本殿はともに国宝に指定されている。次回の式年遷宮(一定年限で社殿を造り替えること)は、平成
27427日(21年ごと)となっている。
 下鴨神社のユネスコ世界遺産としての登録は京都市・宇治市・大津市の
17ケ所の寺社(清水寺、延暦寺、平等院、本願寺等々)で構成される古都京都の古文化財の一つとして199412月に一括して認定され登録された。その時の認定書が社務所に掲げてあった。17ケ所のうち神社は上鴨、下鴨神社と宇治上神社の3社であった。日本で一番最初に登録された世界遺産は奈良の法隆寺で、下鴨神社は第5番目の登録であった。ご朱印の記帳は貴船神社は若い神官であったが下鴨神社は若い巫女さんが記帳してくれた。
ユネスコ世界遺産認定書 下鴨神社の鳥居 楼門(重要文化財)
舞殿(重要文化財) 御手洗社とみたらし池 下鴨神社のご朱印

 ご朱印については、昔は写経後、読経して、それを奉納していた。その証として戴けたものとのこと。今ではスタンプラリーのように、お参りもせずに集めてまわる方も多いとか!これらに関しては少なくともお参りだけはしておくべきと戒めている。
 さて、これらご朱印を集めてどうするのか、いつまでもパワーがあると信じて、家族の為に残しておくのか?ほとんどの方々は、黄泉の世界へ持って行くとも聞くが・・・。収集を始めるのが遅きに失したかと思っていたが
厚生労働省の資料によると、私の年齢での平均余命(ある年齢の人々が、その後何年生きられるかという期待値)は約13年となっていた。13年は無理としても、今後、いろんなところへ参詣しご朱印を戴きそのパワーと恩恵を授かりながら生きていけることができる期間がまだ少しは残されているのではないかという気がしている。
 帰ってきてから戴いてきたご朱印をじっくりと鑑賞しながら思いに更けることなどができることは、従来とは一味違った参詣となり、楽しみがひとつ増え何か徳を得たようなそんな感じがした今回の道行きであった。


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