9月6日〜7日で横浜から三浦半島を一周する100kmを歩いてきた。今回11回目の開催となる「赤い靴ウォーク」には、2010年から5年連続で参加している。この時期は夏の疲れが残っていて体調が万全では無く、且つ残暑も有って毎回厳しいウォークとなっている。
夜行バスで東京駅に着いて、途中で休憩してゴールの約2km手前の京急上大岡駅に行った。早すぎるかと思ったが、12時20分に12時間100円のコインロッカーに歩行に不要な荷物を預けた。この預け入れ時間が翌日の歩行で若干の試練となった。
昼食を食べて集合場所の桜木町大岡川沿いの木道に13時過ぎに着いて、受付を済ませて集まってきた各地の歩友と歓談した。この度の広島土砂災害では広島からの参加者の歩友が亡くなったとのことから、「復興がんばれ募金」の呼びかけが行われて皆で募金した。
参加者は28名でコース説明・諸注意の後、15時にスタートした。昔の面影を残す汽車道、赤レンガ倉庫前を歩いて、観光客で賑わっている山下公園に着いた。ここで、恒例のこのウォークの名前の由来である「赤い靴はいてた女の子」像で集合写真を撮った。参加者中19名が昨年の10回記念で作った揃いの青いシャツを着ていた。このウォークは半島一周となっているが、海岸線に沿って歩くだけでは無く、内陸部も歩くために道を間違え易いので、62km地点のコンビニまで団体歩行となっている。皆と話をしながら元町商店街を抜けて磯子駅前を通り、国道16号横須賀街道沿いに歩いて、19時に17.7km夕食地点のダイエー金沢八景店に着いた。ここでビールを飲みながら夕食を食べる人も多くいたが、これからの厳しいウォークを考えて飲みたいのを我慢して食べた。
夕食後は風が無くかなり蒸し暑い中を歩いたが、とりわけ横須賀手前の3kmの区間にトンネル6本が有り、内部は空気がよどんでいて、気温26℃に排気ガスと直前に降った雨による湿度も加わり、汗だくとなって歩き続けた。
21時過ぎに25.5km地点のJR横須賀駅近くのヴェルニー公園で休憩した。港に係留されていた自衛艦「いかづち」(帰宅後に確認)など美しい夜景を見て少し疲れが取れた。横須賀市内を抜けて、浦賀駅前を通り、久里浜港を過ぎて日が変わった直後から雨がポツポツと降り出してきた。夜食場所の45.2km地点のコンビニに着く頃には土砂降りとなっていた。天気が良ければ店の横で20分ほどの仮眠を取らせて貰っていたのだが、雨で濡れて座る場所も無く、立って夜食を食べた。
中間地点を過ぎた54.4km地点の宮川公園に着いたのは3時14分で、予定よりも遅れが出ていたため、帰りの新幹線の時間を気にする人達がいた。会長から道の判っている人はここから自由歩行して貰っても構わないと言われて7〜8名の人が先に歩き出た。自分は夜行バスで帰るので問題無かったが、コインロッカーが12時20分を過ぎて100円アップする前に着きたいと思い、後に続いて歩き出した。上大岡まで残り43kmを9時間、4.8km/hで歩けば良いので何とかなると思ったが、昨日来の過酷な歩行で、体力を消耗しているのが気になった。
夜が明けて約2kmの自衛隊駐屯地の外周を歩き、7時過ぎに立石に着いた。ここは奇岩に加えて、松が自生している「ぼんてん」と呼ばれる岩場と海を挟んで見える富士山を借景とする景勝地で江戸時代の安藤広重が絵を描いた場所でもある。空気の澄む晩秋から冬にかけて夕日の時が最高とのことだが、この5年間はいつも曇りか雨で富士山を見たことは一度も無かった。
1971年に放火全焼事件があった葉山御用邸の前を歩き、シーズンが終わり人影まばらな逗子海岸、源頼朝ゆかりの鶴岡八幡宮、鎌倉五山第一位の建長寺を過ぎて鎌倉街道に入った。疲れが出てスピードが出せない中で、10時20分に上大岡まで残り10kmの交差点を通った。残り2時間を5km/hで歩けば良いので何とかなると思った。
上大岡には12時11分の料金アップ直前にたどり着き、荷物を取り出してコインロッカー横のベンチで、手前のコンビニで買ったビールを飲んで一人祝杯を挙げた。ゆっくりと歩いて12時36分にゴールのみうらの湯に到着し、直後に到着した4人の歩友の写真を撮って中に入った。
早い人は2時間近く前にゴールして風呂に入り、既に帰った人もいて、たいしたものであると感心した。直ぐに風呂に入り、着替えを行ってすっきりしてから皆の場所に戻り、会長から踏破証を戴いて、ビールとつまみを頼んで飲みながら談笑した。
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