冬が近いことを告げるような寒風が二日吹いて治まり、柔らかな日差しが戻って絶好のウォーキング日和となった11月半ばの土曜に、第60回例会で福崎町を歩いた。福崎町は姫路から播但線で25分程の北に位置し、人口2万弱の町ながら播但連絡道と中国縦貫自動車道が交差して走る要衝で、町の中央を市川の清流が流れている。日本民俗学の創始者である柳田国男の生まれた町でもある。今日は生粋の町民にして当会会員の上田さんが道案内して下さる。
16名の参加者は10時にJR福崎駅前をスタートし、播但線に沿って少し北へ歩き踏切を西に渡る。福崎高校の脇を通ってしばらく行くと福田大歳神社がある。静謐で杜が深く、農業神でもある歳神様が大事に祀られている。境内にイチイガシの県第2位の巨樹があるらしいが、中に入らず素通りして見逃したのは残念。少し西に歩くと町指定の文化財である阿弥陀堂や、飢饉の時にもみ米だけでも残すべく江戸時代に設けられた穀物倉庫である「固寧倉」があり、むくの巨木も保存樹とされている。さらに西に進むと神谷大歳神社が鎮座する。この神社も格式を感じさせ、地域の内所の豊かさが窺われる。境内に入って参拝してからうららかな陽を浴びながら北西に山の辺の道を歩く。風景に色を添えるかの様に橙色に熟れた実が沢山ついた柿の木が、あちこちに散見できるが渋柿だろうか?ここらの田畑はすべて子供の背丈ほどに網が厳重に張り巡らされている。イノシシだけでなく鹿の害もあるようだ。たまたま今日が狩猟の解禁日だとか。
小一時間も歩かぬうちに、比叡山延暦寺を本山とする天台宗の古刹「應聖寺」に着く。開基は今から1350年以上も前の白雉年間。庭園は県文化財にも指定され沙羅の花(別名夏椿とも言い、加古川鶴林寺や神戸森林植物園にも有り)でも有名で、仏足石や頭と足が石で胴体がサツキでできた涅槃仏等が配されている。本堂に上がらせていただき内陣や庭園などを見ていると、大黒さんとおぼしき老婦人が出て来られて、先代住職と沙羅の木の因縁など縷々講釈して下さった。お昼近くになり空腹を覚えてきたので、次の目的地で昼食を摂るべく先を急ぐ。里山に沿って1km程北に上がると、推古天皇の頃から縁起のある真言宗の名刹「金剛城寺」の甍が見えてくる。阿吽2体の仁王像が左右に立つ山門を潜り木々が赤や黄に丁度見頃に紅葉した前庭に入ると、一角に自然石を加工した卓や腰掛等が置かれていて、格好の休憩場所になっている。本堂は閉めきられ近くに人気も感じられなかったので、やむを得ず断わりなく弁当を使わせていただく。昼食後この卓にカメラを置いて全員で記念撮影をする。改めて寺域を見渡すと手入れも行き届いており、紅葉の他に樹高10メートルはあろうかと思われる赤、白、ピンクの山茶花の大木も満開である。西国三十番札所とされているのも納得する。
心身ともに満たされたので、今更1.5kmも離れた青少年野外活動センターまで行く事もあるまいと、ゴールである福崎駅を目指して県道を歩く。神戸医療福祉大学の案内板を横目で眺め、高岡小学校の立派なのに感心しながら午後2時前にスタート地点へ帰着した。好天気に恵まれ福崎町の歴史と里山地域の自然を満喫しながらの10km程のウォーキングであった。しかし今日歩いたのは福崎町の西半分だけで、東半分の町域にも見るに値する箇所が数多く残っている。また何時か予定に組み込んで訪れてみたいと思いながら帰りの電車に乗り込んだ。
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