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(会長:笹間美之 世話人:神野久典)

平成29年5月18日(木) 第88回例会:  西国街道 向日町―山崎を歩く 執筆者:岡田 彰

  平成29年5月18日(木) 第88回例会「ウォーキングコース」
         JR向日町駅(10:30集合)~向日神社~長岡宮跡~一文橋~神足(こうたり)~勝竜寺城跡~JR山崎駅(解散)

 西国街道は一般的には京都から下関までと言われている。特に京都から西宮は山崎街道(山崎通とも)と呼ばれた。 Wikipediaは西宮から下関までを狭義での西国街道と呼ぶこともあるとしている。山崎宿は西国街道の一番目の宿場となっている。

 5月18日は快晴で気温も夏並みと熱中症も心配される陽気ではあった。参加者は15名、幸い誰も熱中症にはならず完歩し(1名が足の調子悪く途中リタイヤ)山崎に着いた。

 JR向日町駅を出て阪急 東向日駅の手前で踏切を渡ると大きな「太神宮常夜塔」が立っている。そこから石畳にカラー舗装された道を歩く。 明治まで醤油製造販売していた京都指定文化財の「須田住宅」を見て、向日神社へ。

 入口の鳥居から桜ともみじの木が並木となっている長い参道を上がっていくと国指定重要文化財の「向日神社本殿」と出会う。室町時代の1418年の建築とのこと。 街道に戻って、次は左手にある「長岡京跡」へ、ここで昼食。長岡京は桓武天皇が平安京に移るまで784年から10年ほど都とした。 現在は大極殿跡に簡単な説明の碑があるだけで何となく寂しい。平安京に移ったのは、天皇の弟相良親王の怨霊を避ける為と言われている。 多くの建屋や資材が平安京に移転されたとのこと。

 街道に戻り少し行ったところに現在喫茶店も開いている国の登録文化財になっている白壁の塀が美しい「中小路家住宅(江戸時代の庄屋)」を過ぎると、 通行人から一文を取って架け替え費用にしていた「一文橋」を渡る。そこからしばらく行くと神足(こうたり)商店街になる。 この通りから少し右手に入った所に、中央に大きな閻魔王が台座する「十王像のうちの五王の石仏」の珍しい石仏群があった。 この商店街をさらにいくと「神足ふれあい町屋」になっている国登録文化財の「旧石田家住宅」がある。ここは休憩所になっている。 ここの虫籠窓に特徴があり、窓に取り付けられた虫籠のような細かい格子は昔の職人技で美しい。

 商店街を過ぎてすぐに街道を外れ、「勝竜寺城跡」へ、ここは明智光秀の娘玉(細川ガラシャ)が嫁いだ城であり、山崎の合戦で敗走した光秀が入城、 しかし秀吉軍に追撃され、坂本城に向う途中で落命した。従って光秀最後の休息地であったのであろう。 城の一部が復元され、庭園の手入れも良く立ち寄って良かった。あとはひたすら山崎へ。

 JR山崎駅前に千利休が建てたとする国宝の「茶室妙喜庵」があるが、拝観は往復ハガキで一ヶ月前に申込みをする必要があり、外観を見るだけ。 14:30前にJR山崎駅に全員到着、お疲れ様でした。


(下記写真はクリックしますと拡大写真を見ることができます。
また、拡大写真をクリックしますと元の写真に戻ります)

1.太神宮常夜灯 2.西国街道案内板 3.西国街道道標
4.須田家住宅 5.向日神社鳥居゙ 6.向日神社参道
7.向日神社案内板 8.向日神社境内さざれ石 9.向日神社本堂
10.長岡宮跡案内板 11.長岡宮跡石塔 12.神足石仏群
13.神足石仏群案内板 14.一文橋の由来 15.一文橋
16.石塔寺案内板 17.石塔寺山門 18.勝竜寺城跡公園
19.勝竜寺城門前にて 20.石田家案内板 21.石田家虫籠窓格子
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22.茶室・妙喜庵 - -

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