高砂支部ホームページ

リンク先:(下記テーブルに示す箇所をクリックするとクリックしたエリアにリンクすることができます)

  高砂トップページ へ   1.高砂支部だより (支部役員名簿や行事予定、その他連絡事項)
  2.高砂支部同好会活動の内容 (活動予定及び直近の活動報告を記載)
世話人名簿 ゴルフ ウオーキング グラウンド・ゴルフ
ハイキング カラオケ 予備 予備
  3.ネットワーク便り  (10/6)(各部門内での行事予定【職場OB会】等々の連絡及び実施事項等)
  4.高砂文庫 (寄稿コーナー:近況報告、紀行文、エッセ-、詩、短歌、俳句、ノンフイクション等々)
  5.故郷たより (ふるさと便り:会員が居住する地域社会での出来事や歴史等の紹介)

ウオーキング同好会

活動報告

(会長:末岡義孝 世話人:神野久典)

(下記写真はクリックしますと拡大写真を見ることができます。
また、拡大写真をクリックしますと元の写真に戻ります)

令和6年5月16日(木) 「第136回例会:烏原(からすはら)越え」 執筆者:谷口 正和

    [ ウォーキングコース ]
      集合: 神戸電鉄鈴蘭台駅東口 → 菊水山登山口 → 石井ダム公園入口 → 石井ダム
                 → 水と緑の回遊路合流点 → 烏原ダム → 雪見御所跡 → 平清盛像 → 湊川神社
                          → 神戸高速線・高速神戸駅 → JR神戸駅

     東播磨地方が突然襲われた雹災害から丁度一か月後の5月16日(木)10時30分、
    神戸電鉄有馬線の鈴蘭台駅の改札出口に19名が揃い、4月度の例会で就任したばかりの新会長の挨拶と
    案内役のコース説明の後、三階建ての駅ビルをエスカレーターで降りて歩き始める。
    このところ安定しない天候が続き開催が危ぶまれたが歩き始める時間帯は降雨の心配なしと判断して実行したが、
    陽射しには恵まれず風が強く時折台風並みの突風に見舞われたが、汗もかかずに歩ける日和に恵まれた。

    本日のタイトルの烏原越えとは「烏原越え古道」を辿ると云うもので、
    これを語るには、「白滝姫伝説」と「平清盛の晩年」の説明が欠かせません。
    まずは、奈良時代の末、淳仁天皇の時です。
    御所の庭仕事で上京した「左衛門」が右大臣・藤原豊成の娘「白滝姫」を見初めましたが、
    身分があまりにも違うので逢うことが出来ず、和歌を詠んで送り、姫も返すやり取りが続き、
    これを知った天皇の口添えで白滝姫をお嫁さんにもらいました。
    左衛門は、姫を連れて左衛門の実家がある六甲山北部の「山田の里」に帰っていきました。
    この時、京から神戸へは山陽道を辿り有馬街道を北上し神戸の平野で一休みしています。
    石井川沿いに烏原から急坂を登り
    鈴蘭台、さらに長坂山を越え山田の里に続く「烏原古道」を歩いたであろうと云うものです。
    白滝姫伝説にはこの他いろいろな逸話があります。
    次に平安時代の末、出家した平清盛は都から移り住み、神戸で晩年の10年間を過ごしました。
    現在の兵庫区のあたりを平家一門が領有し、
    日宋貿易の拠点港である大輪田の泊を見下ろす福原の地に「雪見御所」と呼ばれる邸を構えました。
    清盛は福原京の鎮護として、六甲山の北側に位置する丹生山に日吉山王権現を勧請し、
    月参りのために通ったのが「烏原越え古道」です。

1.コース図 2.鈴蘭台駅で出発式 3.線路沿いに歩く

     鈴蘭台駅東口から線路に沿って南へ。
    やがて菊水山登山口を左に見て、神戸電鉄の車庫脇を過ぎ石井ダムへ注ぐ川沿いの道となる。
    石井ダムは、治水と共にレクリエーションを目的にあげた全国的にも珍しいダムで、
    石井ダム公園入口付近から散策を楽しめる公園として整備されています。
    橋を渡ってダム湖西側の道に入ると南無阿弥蛇佛の文字が彫られた「妙号岩」が頭上に見えてきた。
    今から150年余り前の文久年間に烏原越えの旅人の安全を祈って小部にあった寺の和尚が自ら彫ったとされ、
    約50mの大岩壁に一字が1.2m角もある妙号を刻んだ巨大なもの。
    私が下見に行った日は週末で岩登りをしているカップルが壁に張り付いていたが、
    さすがに今日の天候ではハイカーの姿も見えない。

4.神戸電鉄車庫 5.橋を渡って西側道へ 6.妙号岩

     さらに進み管理棟でトイレ休憩をし、すぐに石井ダムの堰堤に着く。
    谷超しに神戸の街並みと海を望む事が出来るが生憎の薄曇りで海までは見えない。
    全員の集合写真を撮り
    約60mある堰堤の右端につけられた300段余りの階段を降り開けたところで、やや早い昼食を摂った。

     正午に再び歩き出しやや下流で六甲全山縦走路に合流、しばらく線路沿いに進み、
    山麓バイパスの高架をくぐった先で鵯越駅へ続く全山縦走路と鳥原貯水池へ直進する道に分かれる。

7.ダムを背景に 8.石井ダム堰堤 9.堰堤から下を覗く
10.急な階段を降りる 11.ダムの下で昼食 12.六甲縦走路の橋 13.縦走路との分岐点

     貯水池の周囲は「水と緑の回遊路」として整備されていて、
    水と緑の回遊路合流点から左右どちらからも行けるが、右は舗装道で、左の自然道を進む。
    烏原ダム(立ケ畑ダム)は、明治38年完成のクラシックで気品ある建築物で
    布引貯水池(五本堰堤)と並ぶ名建築である。
     貯水池の南端から石井町に向かって急な坂道を下り始める頃には陽射しに恵まれ、
    途中で神戸の街並みを一望することが出来た。

14.水と緑の回遊路に入る 15.回遊路の自然道 16.烏原ダム
17.ダムで休憩 18.急な坂道を下る 19.神戸市街地眺望

    坂を下りきったところから東に進み、平清盛が邸を構えたという雪見御所跡の石碑は
    元湊山小学校跡のみなとやま水族館の敷地内にひっそりと佇んでいた。
    さらに進むと有馬街道と出会う平野交差点に辿り着く。
    前述の白滝姫が平野で一休みしたと云われる所は何処だろうかと考えながら交差点を渡り、
    平清盛像が出迎えてくれた。
    何か不思議な気持ちでそのまま有馬街道を南下し、楠6の交差点を左折、
    次に中央体育館手前を右に曲がり、多聞通りを進んで、楠正成を祀る湊川神社に到着。
    ここで全員ではないが最後の集合写真を撮った後、解散となった。

20.平清盛像 21.浄海入道平清盛像 22.湊川神社で解散

    表門を出て直ぐ右側の地下道に入って暫く歩くと、神戸高速線・高速神戸駅の改札口に着き、
    すぐその先がJR神戸駅で、午後2時過ぎ全員無事に帰路に就いた。
    今例会は全行程約9kmとやや長く、前半の登りより下りの距離が長く勾配もきつかったので、
    最後の方は足がガクガクになった。
    現在はダムが築かれ、いにしえの面影は残っていないが、
    「烏原越え古道」とほぼ同じルートを辿る
    二つのダムを繋ぐ水と緑の散策路を存分に堪能できたウォーキングだった。


高砂トップページへ